建築写真撮影で必須であるといってもいい撮影機材に、「ティルト・シフトレンズ」(別名:アオリレンズ)というものがあります。
「ティルト・シフトレンズ」は非常に特殊なレンズであって、所有しているカメラマンの絶対数が少ないのかネットなどで調べてみてもあまり有益な情報がない気がします。
今回はそんな「ティルト・シフトレンズ」について、建築撮影の現場で長年ティルト・シフトレンズを使用してきた経験を交えて詳しく説明していこうと思います。
ティルト・シフトレンズとは
キヤノンのティルト・シフトレンズ「TS-E」シリーズの説明文にはこのように記載されています。
TS-Eレンズとは、遠近感とピントの合う範囲をコントロールできる、アオリ機構を搭載したマニュアルフォーカスレンズ。
目的に合わせて
ティルト(レンズを斜めに傾けピントの合う範囲を調整)と
シフト(レンズを水平・垂直方向にずらして歪みを矯正)を使い分けることができます。
Lレンズならではの高画質と優れた操作性が特長です。キヤノンWEBサイト TS-Eレンズについてより抜粋(https://cweb.canon.jp/ef/special/ts-e/index.html#about)
難しい言葉で説明されていますが言い換えると要は、
- 本来センサーと並行であるピント面を意図的に傾け、ピントが合う範囲を調整できるティルト機能
- 写る範囲を上下左右にずらすことができるシフト機能
の二通りのことができるのが、キヤノンのティルト・シフトレンズ「TS-E」(tiltとshiftの頭文字でTS)シリーズということです。
ちなみにニコンにも同様のことが可能である、ティルト・シフトレンズ「PC」(Perspective Control)シリーズがあります。
この中で建築撮影で主に求められる機能は、シフト(レンズを水平・垂直方向にずらして歪みを矯正)の部分になりますので、シフト機能について説明していきます。
シフト機能
そもそもシフト機能の説明に、「レンズを水平・垂直方向にずらして歪みを矯正」と書いてあるからわかりにくいんですよ。
実際には、「レンズを水平・垂直方向にずらして写る範囲を調整」が正しい表現です。
レンズを水平・垂直方向にずらしただけで歪みが矯正できるわけではないので、キヤノンのWEBサイトは少し説明不足です。
それでは実際に撮影した写真を用いて説明していきます。
普通に建築物を撮影した場合
背の高い建築物の全体像を写真におさめようとすると、カメラを斜め上方向に向けて建築物を見上げるような形で撮影することになると思います。
そのようにして撮影されたのが下の写真『A』です。
一般の方からするとこの写真でも良いような気もしますが、商業用の建築写真としてはこれではダメなのです。
写真『A』では、建物や木が画面中央上に向かって斜めになるようにして上すぼまりで写っています。
建築写真では、本来まっすぐに立っているはずの建築物が斜めに写ることは基本的にはNGです。(ついでに言うと、本来まっすぐの線が歪んでいるのもNGです)
上すぼまりにならないようにするには「水平垂直を合わせて撮影」する必要があります。
水平垂直を整えて撮影した場合
過去記事『建築写真家が教える「スマホで建築物を撮影する方法」(基本編)』でも述べましたが、建築物を撮影する際のセオリー通り、水平垂直を合わせて建築物にレンズを向けて撮影したものが写真『B』です。
パース(傾き)は整いましたが建築物の上部が見切れてしまっているのと、地上から撮影しているので画面内の下半分を地面が占めてしまっています。
つまり「歪みを矯正」することは、ティルト・シフトレンズを使わずともこの時点で達成出来ているので、ティルト・シフトレンズの機能が歪みを矯正するものではないことが分かるはずです。
ティルト・シフトレンズの機能は、この写真『B』 の問題点を解決するための機能になります。
ティルト・シフトレンズのシフト機能で調整して撮影した場合
写真『B』の下記の問題点を解決するためにシフトレンズを使います。
- 建築物の上部が見切れてしまっている
- 画面の下半分を地面が占めてしまっている
使用した撮影機材は、「SONYα7RⅢ 」とティルト・シフトレンズ「 CANON TS-E17mm F4L 」です。
写真『B』の状態から、ティルト・シフトレンズのシフト機能でレンズを上方向にズラして、写る範囲を画面の上方向に調整していきます。
上方向に調整することをライズ、下方向に調整することをフォールと言います。基本的に建築物は背が高いので、建築撮影で使用することが多いのはライズの方です。
メインである真ん中の建物が、画面の中でちょうど良い構成になったら調整をストップします。
そうして完成した建築写真が写真『C』 になります。
写真C のシフトした操作量は+5mmでした。
A:C 比較
比べてみるとよくわかると思いますが、写真『C』は建物や街路樹がまっすぐ立っていて綺麗ですよね。
広告などで目にする建物の写真は、基本的には写真『C』のようなパース(傾き)を整えた写真だと思います。
建築写真では、垂直であるべきものが垂直に写っていることが重要で、特に外観撮影においては広角シフトレンズが必要になる場面は多いです。
【番外編】ティルト・シフトレンズのシフト機能で目一杯調整して撮影した場合
キヤノンのティルト・シフトレンズ「TS-E17mm F4L」「TS-E24mm F3.5L II」は、最大シフト量 ±12mmまで操作可能です。
では今回の構図で、最大シフト量12mmまでシフト(ライズ)してみたらどうなるかやってみましょう。
ほとんど地面が写らないほどに写る範囲が上方向に修正されました。
重ねて言いますが、普通のレンズで撮影した場合は写真『B』ですからね。
同じ位置から同じ機材で撮影して、ここまで写る範囲を調整できるということは驚異的ですね。
実際の建築撮影ではシフト量が多いと周辺部の画質が悪くなることもあり、最大シフト量12mmまで使用することは滅多にないです。(そもそもそんなにシフトさせなくても、+5mm程度のシフト量で済む場面が多いです)
ただ緊急時に、 ±12mmまでシフトして撮影することができるというのは安心感があります。(画質的に悪くなっても後処理で直すことは可能なので)
上記の作例を撮影した際のティルト・シフトレンズの動き
ソフトウェアによる変形処理
最近であればPCの画像処理ソフトを使って、ティルト・シフトレンズを使わずともデジタル補正で擬似的にシフト撮影に近い効果を出すこともできるようになりました。
素材となる写真は、先ほど登場した「カメラを斜め上方向に向けて建築物を見上げるような形で撮影された」写真『A』を使います。
このように上すぼまりになった写真を、ソフトウェアを使って水平垂直の整った写真に修正していきます。(ソフトウェアは「Adobe Lightroom」や「Adobe Photoshop」を使います)
追記*Photoshopを使ったデジタル画像処理についての具体的な方法はこちらの記事を参考にしてください「建築写真撮影におけるデジタルあおり補正(パース調整)の方法」
そうして完成したものが、写真『F』です。
ティルト・シフトレンズで調整した写真『C』と比べてみても、仕上がりとしてほぼ問題ないレベルですね。
ソフトウェアによる変形処理のデメリット
デメリットとしては、画像変形の過程で元の写真には写っていた部分が欠損してしまい、その結果写真に写る範囲が狭くなりました。
それに伴い画素数も、元画像の4,200万画素から約3,000万画素に減ってしまっています。
また撮影現場で仕上がりを確認することができないので、「撮れてるよな、撮れてるはず」みたいなある種、勘のような撮影になってしまいます。
もちろん経験によって仕上がりを想定しカバーすることはできますし、テザー撮影してその場でデジタル補正することもできるかもしれませんが、仕上がりの確認はどうしても撮影からワンテンポ以上遅くなってしまいます。
建築写真撮影の頻度が少ない方であれば仕事でもデジタル補正で対応可能かもしれませんが、プロが撮影現場でアガリを確認できないというのは自分的にもクライアント的にもあり得ないと思いますので、頻繁に建築撮影する方にはやはりティルト・シフトレンズの必要性は高いと思います。
まとめ
ここまでティルト・シフトレンズで建築物を撮影する方法について紹介させていただきました。
ティルト・シフトレンズのシフト機能は、「歪みを矯正できる」というよりも「写る範囲を調整できる」というものとご理解いただけたでしょうか。
もちろんティルト・シフトレンズの活用方法には、ティルト機能を用いて料理や小物などの商品撮影でも活躍するのですが、それは建築写真撮影とは畑が違うので割愛です。
追記:「ティルト・シフトレンズで建築写真を撮影する方法 Vol.2」では、横方向や下方向へのシフト調節を紹介しています。